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There Goes Rhymin' Simon
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Deep Space Rhymin'

ディープ・スペース・ライミン
Information from Rhymin' since 1980
カフェ・ライミン・ブログ

午前10時半より午後9時まで営業

日曜は午後5時で閉店してます

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強行軍 伊勢詣で 宇治山田
いろは館の話をしていると、「僕は修学旅行でいろは館に泊まった事を覚えている」というお客様がおられました。 なんだか嬉しい。 自分たちが宿泊したのは「浜千代館」だったような気がするのですが、あちらは改修されているようです。 いろは館さんは、ほとんど当時のままの風情を漂わせていますので、数十年ぶりに訪れた方は感慨もひとしおだろうと想像します。

勝手に、二見に本家のお墓があると思っていたのですが、どうやら宇治山田に菩提寺があるとのこと。 父親の従兄弟たるおばあちゃんに道案内をしてもらえるとのことで、同乗してもらいます。

このおばあちゃんが凄かった。 なにが凄いといいますと、中に志村けんが入っているのか?と思いたくなるくらい凄かったんです。 車内、道案内しながら喋るしゃべる。 それも独り言にようなものではなく、対向車や先行車の特徴を的確に捉えて解説しながらの道案内。 こちらの問いかけに対して、時に突っ込み、時にボケ。 いままで私の父方のおばあちゃんの家系が「しゃべり」で、おじいちゃんの家系は「そうでもない」という認識だったのですが、それは大間違いでした。 どちらも「面白くて、しゃべり倒します」 その地を双方から受け継ぐ私が「おしゃべり」でも仕方ありません。 サラブレッドだったんですね。

私の妻の家系は「静か」な部類だと思います。 私のしゃべり血統は、うちの次男に色濃く受け継がれています。 奴に「だまれ」と言っても、「無理だ」と返しますから。

両親も数十年ぶりに訪れた本家のお墓は、墓地の横まで車で登れる小山の上にありました。 以前は山道を徒歩で登らなければならなかったそうです。 遠くからも家名が確認出来るおおきなお墓がありましたので、妻が「あれでしょうか?」と。 母親が「あんな立派なお墓と違うたよ」 しかし、まさにそれが本家のお墓でした。 14代に遡った小さな墓石を片側に集めて、真ん中に大きく立派な墓石が鎮座していました。 本家は名古屋に引っ越していますので、年に何度かの墓参となっているようです。 近くに住む従兄弟のおばあさんが普段のお世話をしてくださっているとも聞きました。 これで私も場所を覚えましたので、訪ねる事ができるようになりました。

そもそも、本家のお墓を訪ねたいと言い出したのは、私の妻です。 同じ三重県生まれとして、また、実家に帰省する際に「近くを通っているのに、その墓所を知らぬままとうのも気が引ける」との事です。

先にも書きましたが、最初は二見にあると考えていた墓所。 しかし、実際には宇治山田に。

それも、この場所は、妻が高校時代に下宿していたアパートとは目と鼻の先だったんです。 お墓の下あたりの道を毎日の様に通っていたらしいです。  妻が言うには、「お墓は私の住んでいた方を向いていた」とのこと。 きっとそのころから運命付けられてたのかしら?との事。  妻の父親が生前に残した大きな作品がいくつかありますが、そのうちのひとつに「冒険家堀江兼一氏のマーメイド号」があります。 これはウイスキー樽を再利用して製作されましたが、木材が重くて大変だったそうです。 その仕事に関わった時、私と堀江兼一さんとは縁も所縁も無いのですが、同じ名字ということで「堀江」に縁があったんやねと言っていたのを思い出しました。 

う〜ん、今までもこれからも、イヤな事や腹の立つ事もたくさんあるのでしょうが、どんなにイヤでも、宿命的に結ばれてしまった!と考えて我慢してね。

同じ山に連なる別斜面にある従兄弟おばあちゃんの墓所も訪ねました。 そこには有名な野球選手のお墓もあるとのこと。 確かにガスタンクの様な形状の墓石が見えましたので、確かめに行きました。 その球状の墓石には大きく「G」マークが。 お名前は「沢村栄治」。 京都商業高校から甲子園に出場なさった方ですので、宇治山田にお墓があるとは想像もしませんでした。 戦中に亡くなっておられるので、この墓石は後に造られたのでしょうね。 沢村賞を受賞した投手の方々は墓参なされるのでしょうか。

この後、伊勢神宮に足を伸ばしましたが、当日は奉納相撲があったようで大変な混雑でした。 おかげ横町なども大混雑。 しかし、混んでいればこその篭屋さん。 こうゆう所は少々混んでいる方が楽しいですね。 壁の5本線から皇室系のお寺と知れますが、瓦も菊の御紋。 それは珍しくありませんが、屋根の鯱か鯉かの髭がねじれにねじれて天空を貫かんばかりに伸びています。 これは珍しい瓦です。 いつかこの謎も解きたいです。

赤福やみたらし団子、松坂牛の串などで小腹を満たして、次は鳥羽に戻ります。

| 旅行 | 00:25 | comments(0) | - |